「過労死等ゼロ」緊急対策

2017年1月19日

昨年は新聞紙上等で長時間労働に関する事件が多く取り上げられましたが、そのような状況を背景に、過労死をはじめとする長時間労働による問題をなくすため、2016年12月26日付で厚生労働省より以下の「過労死等ゼロ」緊急対策が公表されました。
今回は「過労死等ゼロ」緊急対策のうち「1違法な長時間労働を許さない取組の強化」の(1)から(3)の内容をご紹介します。

「過労死等ゼロ」緊急対策

1 違法な長時間労働を許さない取組の強化
(1)新ガイドラインによる労働時間の適正把握の徹底
企業向けに新たなガイドラインを定め、労働時間の適正把握を徹底する。
(2)長時間労働等に係る企業本社に対する指導
違法な長時間労働等を複数の事業場で行うなどの企業に対して、全社的な是正指導を行う。
(3)是正指導段階での企業名公表制度の強化
過労死等事案も要件に含めるとともに、一定要件を満たす事業場が2事業場生じた場合も公表の対象とするなど対象を拡大する。
(4)36協定未締結事業場に対する監督指導の徹底

2 メンタルヘルス・パワハラ防止対策のための取組の強化
(1)メンタルヘルス対策に係る企業本社に対する特別指導
複数の精神障害の労災認定があった場合には、企業本社に対して、パワハラ対策も含め個別指導を行う。
(2)パワハラ防止に向けた周知啓発の徹底
メンタルヘルス対策に係る企業や事業場への個別指導等の際に、「パワハラ対策導入マニュアル」等を活用し、パワハラ対策の必要性、予防・解決のために必要な取組等も含め指導を行う。
(3)ハイリスクな方を見逃さない取組の徹底
長時間労働者に関する情報等の産業医への提供を義務付ける。

3 社会全体で過労死等ゼロを目指す取組の強化
(1)事業主団体に対する労働時間の適正把握等について緊急要請
(2)労働者に対する相談窓口の充実
労働者から、夜間・休日に相談を受け付ける「労働条件相談ほっとライン」の開設日を増加し、毎日開設するなど相談窓口を充実させる。
(3)労働基準法等の法令違反で公表した事案のホームページへの掲載
新ガイドラインの策定

割増賃金の支払いや時間外労働・休日労働に関する労使協定(いわゆる36協定)の遵守のためには労働時間の把握が必要ですが、この把握が適切でない場合は、不払賃金が生じたり、36協定を遵守できない可能性があります。労働基準監督署の臨検(調査)でも、是正指導の結果、多額の不払賃金を支払っているのは、多くの場合、自己申告制により労働時間を把握し、その把握方法が適切でないケースとなっています。
労働時間の把握に関しては「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」が示され、それに沿った対応が企業に求められてきましたが、今回、次の事項等を明確に定めた内容にその基準が改定される予定となっています。


①労働者の「実労働時間」と「自己申告した労働時間」に乖離がある場合、使用者は実態調査を行うこと。
②「使用者の明示または黙示の指示により自己啓発等の学習や研修受講をしていた時間」は労働時間として取り扱わなければならないこと。

労働時間の把握に関する基本的な考え方は変わりませんが、新ガイドラインにより企業に求められる事項がより具体的に示されるようですので、新基準が示された後に、これまでの運用ルールについて改めるべき点がないか再点検が必要になるでしょう。

企業単位での指導

労働基準法では、36協定や就業規則等の届出を行う場合など、企業単位ではなく、事業場(事業所)単位で取り扱うことが基本的な考え方となっています。労働基準監督署の臨検においても、支店や営業所などの事業場毎に指導が行われ、例えば、東京にあるA支店への指導はA支店のみへの指導であり、愛知県にある同社B支店に対してA支店と同様の内容の指導を行う場合は、B支店を所轄する愛知県にある労働基準監督署が別に担当するという考え方が基本となります。
労務管理においては一般的に企業単位で同じ運用を行っていることが多く、先の例でいえば、A支店で指導が必要な場合は、B支店でも同様の指導が必要なケースが多いことが想定されますが、これまでは基本的には事業場単位で指導が行われていました。
今回の緊急対策により、今後は、違法な長時間労働等を複数の事業場で行うなどの場合については、事業場単位ではなく、企業単位で是正指導が行われ、その改善状況について本社や支社等への全社的な立ち入り調査により確認されることになります。
よって、ひとつの事業場で長時間労働に関する指導がなされた場合は、全社的な課題として捉え当該指導事項への改善に取り組み、他の事業場で同様の指導を受けることがないように対応する必要があります。

企業名公表制度の強化

違法な長時間労働を繰り返した場合に企業名が公表される仕組みが導入されたことは以前のコラム(『近年増えている「企業名の公表」の仕組み』参照)でご紹介したとおりですが、この公表制度が導入された2015年5月18日からこれまでに実際に企業名が公表されたのは1社にとどまっていました。
今回の緊急対策により、次のとおり企業名公表の基準が変更され、強化されます。
・違法な長時間労働の時間数を「月100時間超」から「月80時間超」へ引き下げ
・過労死等・過労死自殺等で労災支給決定された場合も対象に追加
・月100時間超と過労死・過労自殺が2事業場に認められた場合も対象に追加   等


※厚生労働省「「過労死等ゼロ」緊急対策」より抜粋





執筆陣紹介

岩楯めぐみ(特定社会保険労務士)
食品メーカーを退職後、監査法人・会計系コンサルティンググループで10年以上人事労務コンサルティングの実施を経て、社会保険労務士事務所岩楯人事労務コンサルティングを開設。株式上場のための労務整備支援、組織再編における人事労務整備支援、労務調査、労務改善支援、就業規則作成支援、労務アドバイザリー、退職金制度構築支援等の人事労務全般の支援を行う。執筆は「企業再編・組織再編実践入門」(共著/日本実業出版社)、「まるわかり労務コンプライアンス」(共著/労務行政)他。


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※本コラムに記載された内容は執筆者個人の見解であり、株式会社クレオの公式見解を示すものではありません。

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