性同一性障害である職員のトイレ使用制限
最高裁判決で違法判断

2023年8月10日
性同一性障害である職員のトイレ使用制限最高裁判決で違法判断

【5分で納得コラム】今回のテーマは「性同一性障害である国家公務員のトイレ使用制限について最高裁が下した違法判決」についてです。

1. 事件の概要

この事件は、経済産業省に勤務する国家公務員で、性同一性障害である職員(生物学的な性別は男性、自認する性別は女性)が、人事院に対して、職場において自認する性別のトイレ(女性用トイレ)の使用等について要求したところ、一定の範囲でその利用が制限され要求が認められなかったことから、その取消し等を求めて争われたものです。

当該職員は、2009年7月に上司に対して性同一性障害であること等を伝え、また、2009年10月に、経済産業省の担当職員に対して女性の服装での勤務や女性用トイレの使用等についての要望を伝えました。経済産業省では、当該職員からの要望を受けて、2010年7月に当該職員が執務する部署の職員に対する説明会を開き、また、当該職員が説明会を退席した後意見を求めました。その際、執務階の女性用トイレを使用することについて数名の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えたことなどから、当該職員については、執務階とその上下階の女性用トイレの使用を認めず、それ以外の階の女性用トイレの使用を認めることにしました。

また、2013年12月には、当該職員は、執務階とその上下階も含め女性用トイレを自由に使用させること等について要求しました。しかし、2015年5月に人事院がその要求を認めない決定をしたことから、その判断は違法である等として訴訟を提起したものです。

1審(東京地裁、2019年12月12日)は人事院の判断は違法としましたが、2審(東京高裁、2021年5月27日)は違法とはいえないとし、1審、2審で異なる判断がなされました。

2. 最高裁の判断

最高裁(2023年7月11日)は、次の点などを挙げて、人事院が当該職員(上告人)に執務階とその上下階の女性用トイレを使用させない判断は、「裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したもの」として違法であるとしました。

・上告人は、性同一性障害である旨の医師の診断を受けているが、自認する性別と異なる男性用トイレを使用するか、執務階から離れた階の女性用のトイレ等を使用せざるを得ず、日常的に相応の不利益を受けている

・上告人は、女性ホルモンの投与や≪略≫等を受けるなどし、性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている。現に、上告人が説明会の後、女性の服装等で勤務し、執務階から2階以上離れた階の女性用トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない

・説明会においては、上告人が執務階の女性用トイレを使用することについて、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない

・説明会から判断に至るまでの約4年10ヶ月の間に、上告人による庁舎内の女性用トイレの使用について、特段の配慮をすべき他の職員が存在するか否かについての調査が改めて行われ、処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない

・上記から、上告人が庁舎内の女性用トイレを自由に使用することについて、トラブルが生ずることは想定し難く、特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのだから、上告人に対し、上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかった

・人事院の判断は、具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、上告人の不利益を不当に軽視するものであって、関係者の公平並びに上告人を含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして、著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない

3. 今後の対応のヒント

本最高裁判決には、9ページにわたる補足意見が付されています。その中に今後の対応へのヒントが含まれていますので、その一部を抜粋してご紹介します。

◇補足意見(一部)

・本件で第1審と原審とで判断が分かれたのは、①上告人が女性ホルモンの投与や≪略≫等により女性として認識される度合いが高いことがうかがわれ、その名も女性に一般的なものに変更されたMtF(Male to Female)のトランスジェンダーであるものの、戸籍上はなお男性であるところ、このような状態にあるトランスジェンダーが自己の性自認に基づいて社会生活を送る利益をどの程度、重要な法的利益として位置付けるかについての認識の相違、及び②上告人がそのような状態にあるトランスジェンダーであることを知る同僚の女性職員が上告人と同じ女性トイレを使用することに対する違和感・羞恥心等をどの程度重視するかについての認識の相違によるのではないかと思われる(宇賀裁判官)

・自認する性別に即して社会生活を送ることは、誰にとっても重要な利益であり、取り分けトランスジェンダーである者にとっては、切実な利益であること、そして、このような利益は法的に保護されるべきものと捉えられる(長嶺裁判官)

・庁舎内のトイレについて、上告人の自らの性自認に基づいて社会生活を送る利益に配慮するとともに、同僚の職員の心情にも配慮する必要がある(宇賀裁判官)

・女性職員らの利益を軽視することはできないものの、上告人にとっては人として生きていく上で不可欠ともいうべき重要な法益であり、また、性的マイノリティに対する誤解や偏見がいまだ払拭することができない現状の下では、両者間の利益衡量・利害調整を、感覚的・抽象的に行うことが許されるべきではなく、客観的かつ具体的な利益較量・利害調整が必要である(渡邉裁判官)

・上告人が戸籍上は男性であることを認識している同僚の女性職員が上告人と同じ女性トイレを使用することに対して抱く可能性があり得る違和感・羞恥心等は、トランスジェンダーに対する理解が必ずしも十分でないことによるところが少なくないと思われるので、研修により、相当程度払拭できると考えられる(宇賀裁判官)

・本件判定時に至るまでの4年を超える間、上告人は、職場においても一貫して女性として生活を送っていたことを踏まえれば、経済産業省においては、本件説明会において担当職員に見えたとする女性職員が抱く違和感があったとしても、それが解消されたか否か等について調査を行い、上告人に一方的な制約を課していた本件処遇を維持することが正当化できるのかを検討し、必要に応じて見直しをすべき責務があった(長嶺裁判官)

・職場の組織、規模、施設の構造その他職場を取りまく環境、職種、関係する職員の人数や人間関係、当該トランスジェンダーの職場での執務状況など事情は様々であり、一律の解決策になじむものではないであろう。現時点では、トランスジェンダー本人の要望・意向と他の職員の意見・反応の双方をよく聴取した上で、職場の環境維持、安全管理の観点等から最適な解決策を探っていくという以外にない(今崎裁判官)


職場で本裁判と同様の要望があった場合に、どのように対応すべきかについては判断に迷うことも多いと思われますが、補足意見の内容も参考にしながら、自認する性別に即して社会生活を送るという当然の利益を守るため、客観的かつ具体的に、関係者の均衡・調整を図って、 個別事案ごと丁寧に検討していく必要があるといえます。

執筆陣紹介

岩楯めぐみ(特定社会保険労務士)

食品メーカーを退職後、監査法人・会計系コンサルティンググループで10年以上人事労務コンサルティングの実施を経て、社会保険労務士事務所岩楯人事労務コンサルティングを開設。株式上場のための労務整備支援、組織再編における人事労務整備支援、労務調査、労務改善支援、就業規則作成支援、労務アドバイザリー等の人事労務全般の支援を行う。執筆は「テレワーク・フリーランスの労務・業務管理Q&A」 (共著/民事法研究会/2022)、「実務Q&Aシリーズ 退職・再雇用・定年延長(共著/労務行政研究所/2021)、「判例解釈でひもとく働き方改革関連法と企業対応策」(共著/清文社/2021) など。

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※本コラムに記載された内容は執筆者個人の見解であり、株式会社クレオの公式見解を示すものではありません。

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