人事部のためのDXマニュアル

… 人事DXの実態と先陣企業に見える共通点 …

新たな企業価値創造を目的としたイノベーション、いわゆる「DX(Digital Transformation)」が企業経営の最優先課題と言われる時代になりました。この背景にはITの進化をきっかけに「デジタルディスラプター(創造的破壊者)による市場競争原理のパラダイムシフト」「働き方改革」「コロナ過によるニューノーマル」、そして「SDGsが資本主義社会に問う企業経営の在り方」などが要因となり、事業活動における市場価値を生み出すためのビジネスセオリーを大きく変えたためです。

そして、最新のITとそれをドライブするイノベーティブ人材を軸とした「人材戦略」を経営者も強く意識するようになり、人事部門におけるDX(人事DX)の取り組みが活発化してきています。

では、人事DXとは具体的にどんなことをするのでしょうか?

このマニュアルは、エンタープライズ市場で先陣を切った企業が、どのような取り組みをおこなっているのか、人事DXの実態として、有益なアクティビティ、目指すべき方向性について、ご紹介していきます。

DXとは? /DXが注目される背景

DXとは?

まず、DXについて簡単に触れておきます。経済産業省ではDXを次のように定義しています。

「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」(引用)

引用元:経済産業省「デジタルトランスフォーメーションを推進するための ガイドライン
(DX 推進ガイドライン)Ver. 1.0」より
https://www.meti.go.jp/press/2018/12/20181212004/20181212004-1.pdf

つまり、デジタル化による業務やビジネスの変革であるものの、従来のデジタライゼーション(デジタル化)との違いは、「自社の利益追求のための効率化」がゴールではなく、「ITの革新的な活用によって、企業が新たな価値を生み出し、成長する」と明確にゴールを定めた変革の考え方と言うことです。

更には、経済産業省が「DXレポート」(※)で警告している「2025年の崖」にあるように、各企業がDXを推進し、「レガシーシステム問題」に取り組むことで、「既存システムのブラックボックス化」「既存システムの保守費の高額化」「市場の変化への対応難」といった障壁を克服することを、日本経済における最優先課題にあげています。これは、DXが企業の成長だけでなく、それによって経済の発展や様々な社会問題も解決するようなソーシャルインパクトも期待しており、企業価値の在り方も変わっていることを意味しています。それほど、現代の企業経営にとってDXは重要な取り組みに位置付けられています。

引用元:経済産業省「DXレポート」より
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/pdf/20180907_02.pdf

DXが注目される背景

DXによって、新たなビジネスモデルを生み出し、それが成長の礎となっている実例が目に付くようになりました。例えば、クラウドシフトとそれに伴うビッグデータの活用によって商品開発のスピードを高めたり、デリバリーを再定義し、所有から利用、消費から循環へとサービスの提供価値を変えたことで、ビジネスチャンスを広げるケースがあります。更には従来の枠組みを超えた新しいビジネスモデルで「ゲームチェンジ」を起こし、急成長を遂げるケースもあります。先行きの見えない現代の経営環境の中では、DXは経営者にとって最大の関心事なのです。

人事部門におけるDXの動向

人事部門も「2025年の崖」
問題に直面している

「2025年の崖」問題は、人事部門にとっても他人事ではありません。人事管理、給与計算といった業務システムで、システム構築時の要件定義や運用保守をベンダーに丸投げし、更にはACCESSなど以前の担当者が作成したサブシステムを濫用している場合は、業務革新のためのシステム更新、改修が困難になります。仕様書もなく、開発者もいないために、システムがブラックボックス化し、全容を把握できずに手を付けられないためです。複雑な処理を求められる大手企業の人事部門では、このような問題を抱えているケースは少なくありません。

とくに給与計算システムはその傾向が顕著で、新たに労務申請などのクラウドサービスと併用したことで、人事データの散在化や業務オペレーションの煩雑化、人材データ活用基盤を構築できないといった問題を引き起こしています。

これでは、これからの経営ニーズに応えるための柔軟な人材戦略は勿論、働き方改革やダイバーシティといった多様性を実現するには、より多くの人事担当者の負担を要するだけでなく、システム改修コストの肥大化が変革の足かせになり、結果として人材戦略部門としての機能が発揮されなくなる可能性があります。DX時代に突入した現代において、更に急速に変化していく経営ニーズへの柔軟性を欠くことは、今後の経営リスクに直結することも考えられ、人事部門の中でも「2025年の崖」は無視できない問題と言えます。

では、そのような中、どんな取り組みが望まれるのでしょうか?予測不能な時代に対応するための新たな人事業務フレームワークの構築に向け、先陣を切って「人事DX」を推進している企業の実例をもとに、ご紹介していきます。

先陣の企業からみる人事DXのトレンド

人事DXの現状

人事DXの取り組みは「意思決定分野」と「自動化分野」の2つに大きく分かれています。

「意思決定分野」は、人材に関わるあらゆる情報を束ねたビッグデータとAIアナリティクスを用いて、採用から育成、人材配置からキャリアプラン支援、労働時間やシフト管理の他、エンゲージメント醸成による離職予防まで、一連の業務を遂行していく中で、ITが幅広い範囲で最適な意思決定を促してくれることが期待されています。そこには、個人の能力に左右されないデータ分析によって、最適解をスピーディに導き出すことを目指し、アウトプットを経営戦略に直接関与できる水準に持ち上げ、単なる人事・労務管理部門から人材戦略部門へ進化させるという狙いがあります。

「自動化分野」は、クラウドシフトを起点に、ペーパーレス化やオペレーションの自動化、各種アプリケーションとの連携性を高めることが期待されています。そこには、働き方改革や労働人口の減少、コロナ禍によるワークスタイルの変化を機に、HR-TechBPOを積極的に活用して、現行のERPやオールインワンパッケージによって潜在していた無駄も排除するレベルで、業務効率化を図る狙いがあります。

そして、現時点の人事DXは「意思決定分野」よりも、「自動化分野」が主流にあります。勤怠管理や労務申請、コミュニケーションツールといったHR-Techが活況を呈しています。コスト負担も少なく、比較的、既存の業務に影響することなく導入しやすいことから、自動化というよりも先ずは効率化の徹底と環境の変化に対応することが目的のようです。

また、マッチングシステムやコミュニケーションツールを活用した、新しい取り組みも出てきています。例えば、学生の反応が良いLINEなどのSNSをつかった採用活動、副業斡旋やフリーランス人材のスポット採用、WEB会議ツールを使った1on1ミーティングなど。これらの背景にはコロナ禍によるリモートワークの定着や潜在的失業者の存在が影響しているのでしょう。

「自動化分野」が主流になる他の要因としては、AIに意思決定を任せるだけのデータが整備できていないことや、先に述べた「2025年の崖」問題の緊急性の高さが上げられます。

このような傾向から、今後、どの企業でも人事DXを進めるプロセスは「クラウドシフトと自動化の徹底」→「2025年の崖対策」→「各種HR-Techとの連携」→「ヒトとITが混在する業務プロセスの可視化と統制」を先行し、次に意思決定分野として「IoTなどを活用した定性的情報の定量化と人材ビッグデータの構築」→「AIによる高度な人材アナリティクス」というステップを踏むことが予想されます。

エンタープライズ市場の人事DX、
最初の難関は給与計算

そして、膨大なレガシーシステムを抱えるエンタープライズ市場の人事部門は、今まさに「自動化分野」のクライマックスとして、給与システムのクラウドシフトという難問に直面しているようです。それは、大手企業の場合、複数法人の賃金制度や雇用形態に対応するために、給与計算システムにカスタマイズやサブシステムが多数存在し、手間と時間を要するリフト&シフト方式を余儀なくされるからです。更には、他のシステムとのデータ連携方法や、先行して導入したタレントマネジメントシステムとのデータ活用方針の整合性も見直さなければならなくなるなど、人事部門の負担は想像以上に大きなものになるはずです。

DXの成果から見える「成功」と「失敗」の共通点

そんな中、いち早く「人事DX」に取り組んだ企業をみると、「成功している企業」と「失敗している企業」には取り組み方に大きな違いがあるのがわかります。まず、「失敗している企業」をみてみると、単なる現場の効率化で終わっていたり、逆に運用の手間やシステムコストが増大していたりします。原因としてよくある傾向が手段と目的の取違いです。DXの意味を誤認していたために、新たなIT導入を果たすことがゴールであったり、オンスケジュールで新しいシステムを稼働させることをプロジェクトのKPIにしていたのです。

反対に、「成功している企業」にも共通点があります。次はそれらの成功企業の共通点に触れていきたいと思います。

各社とも、DXによって目指すゴールは様々ではありますが、共通して言えることは、数ある改善手段を自由に組み合わせ、それぞれの長所だけを「イイトコ取り」するという発想です。言い換えれば「価値統合」という考え方であり、システムを起点とした業務改善ではなく、業務を起点とした業務プロセスの最適化を図るというアプローチです。オールインワンの仕組みではあきらめざるを得なかった、一長一短な改善効果に対して、飛躍的に利便性を上げた業務アプリケーション、クラウドをベースとしたAPI連携、細分化したBPOの採用、ペーパーレス化といった、それぞれの導入効果を得ることで、新たな価値を生み出そうという考えです。

人事DX 7つの実例と成功ポイント

アプローチの傾向

それでは、具体的な人事DXのアプローチについて、複数の事例の中から、7つのアクティビティにまとめてご紹介します。いずれも「価値統合」をベースに取り組んだDXであり、例えば、同じ自動化のアプローチであっても、それぞれの工夫によって、次フェーズである「意思決定分野」の備えに繋げていることがポイントになっています。

1.自動化:RPA×OCR×Payroll System(小売業/給与計算対象3000名)

RPAによって業務を自動化することは、今では一般的になりましたが、自動化の効果を最大限に発揮するためには、担当者の一作業に固執せず、業務全体の流れを踏まえて、最適な自動化を施すことが重要です。

全国に店舗を持ち、アルバイトの出入りが激しいこの企業では、日々、各店舗から送られるアルバイトの人事情報を給与計算システム、RPA、OCRと繋げて、本部がおこなう人事給与システムの登録作業を自動化しました。複数の店舗から送られてくる膨大な紙やファックスの採用情報を自動的に人事給与システムに登録できるようにしたことで、勤怠管理など他の関連システムとのデータ連携のタイムラグも無くし、面接当日からの勤務要望にも応えられるようにしています。

成功ポイント

2.自動化:BPO×HR-Tech×Payroll system(金融サービス業/給与計算対象3000 名)

大手企業でも、既存の人事管理、給与計算システムと併用して、労務申請などの処理にHR-Techを採用することが増えてきましたが、一方で、従業員数が多いために、申請入力ミスをチェックする手間や承認ルートのメンテナンスなど、煩雑な処理が新たに増えてしまう可能性があることも注意が必要です。

金融サービス業のこの企業では、従業員からの人事・労務申請業務にHR-Techを採用。更に、HR-Techの情報をもとにBPOを並行する仕組みも構築して、より効果的な業務自動化を実現。

成功ポイント

3.クラウドシフト:Payroll system×Cloud(製造業/給与計算対象 6000 名)

先にも触れましたが、大手企業では、給与計算システムのクラウドシフトが未だに進展していないというのが一般的です。給与制度が複雑なために、システムをカスタマイズしたり、間接業務をACCESSやEXCELなどのサブシステムで対応しているのですが、その開発者の異動や退職によって、システムがブラックボックス化していることなどが原因です。一部を改修することで、関連する業務にどんな影響がでるのか、予測できないためです。

大手製造業のこの事例では、関連するサブシステムも含めて、まとめてクラウド上に移行してから、不要なシステムを後から整理するリフト&シフト方式を採用。一般的にリフト&シフトの方式では手間や時間、コストがかかることを懸念されますが、システムメンテナンスのアウトソーシング効果、BCP対策、レガシーシステム問題の解決を優先し、リフト&シフトを実行。クラウド移行後の現在は、サブシステムのHR-Tech化、BPO化を進め、2025年の崖越えとともに更なる業務スリム化を図っています。

成功ポイント

4.人材データ統合:HRDB×HRBI(サービス業/給与計算対象5000名)

BIツールを活用して、採用や配置、育成や離職防止に、人材ビッグデータの分析結果を利用しようという動きが高まっています。ここで問題となるのが、統合人材データベースの構築とデータを活用する側のアナリティクススキルです。

このサービス業の事例では、グループ会社を跨いだ人材活用を目指し、特に人材配置とそれに伴う人材評価の精度向上に力をいれました。先ず、人事情報をクラウド上に統合し、人材情報活用基盤として活用できるHRDB(人事データベース)を構築。また、配置や評価の機能については、BIに強みをもったクラウド型のタレントマネジメントシステムを連携。BIを定着することで、配置先と保有スキルやキャリアプランとのマッチングの精度を上げて、人材評価に客観性を持たせることを実現しています。

成功ポイント

5.労務管理:SSO×RPA(情報処理サービス業/給与計算対象3000名)

働き方改革対策によって、ほとんどの企業が労働時間の客観的把握のためのシステム整備や、勤務時間の再定義に伴う制度改定などを終えています。

この事例は、長時間労働の是正によって、業務の生産性や品質の低下リスクを回避すること、更なる向上を図ることをプラスアルファの取り組みとして、就業管理のDXに取り組んだケースです。再整備した人事制度の運用が形骸化しないよう、関連する業務システムやツールの利便性向上に着目。一般従業員がストレスなく新制度を遵守できるよう、ユーザビリティの高い勤怠管理システムを導入しています。

成功ポイント

6.自動化:RPA×J-SOX (サービス業/給与計算対象3000名)

RPAは単調且つ反復性の高い単純作業を自動化するため、業務効率化の効果は高いものの、ロボットが自動的に処理してしまうことから、その処理プロセスがブラックボックスになってしまいます。そのため、内部統制の観点から見たときに、その処理に対する、責任の明確化や信頼性の担保といった統制要件を満たせないという問題が発生しています。

この事例は、RPAを単に取り入れるだけでなく、内部統制対応と自動化を両立する観点から、RPAで設定された各ロボットの管理機能を構築しています。見落としがちな内部統制への配慮を施したRPAの利用環境を構築したことで、人事担当者だけでなく、会社全体で安心してRPAを活用できるようにしています。

成功ポイント

7.統制:ヒト×IT×BPM(製造業/給与計算対象4000名)

人事の現場においても、先に触れたようにRPAによる単純作業の自動化は勿論、今後はAIを活用した判断業務など、ITに任せる業務範囲は広がっていきます。そのため、ヒトとITが混在するのではなく、共存する業務プロセスを構築していくことが望まれます。その際に注意しなくてはいけないのが、業務プロセスの統制とPDCAを回せる環境の確保になります。そのためには、BPM(Business Process Management)が必要不可欠です。

この事例では、継続的に業務最適化が図れる運用フレームワーク化に留意し、BPMツールを人事・労務管理業務に採用。BPMツールによって、ITとヒトがおこなう処理を業務プロセスとして可視化。更に、各プロセスの業務ステイタス(進捗)を管理できるようにしたことで、業務統制とPDCAを柔軟に回せるようにしています。

成功ポイント

価値統合が生み出した「次フェーズのための備え」

次フェーズのための備えとは?

「価値統合」という新しいアプローチによって、複数の改善手段を組み合わせ、これまで一長一短だったIT活用効果に新たな効果を生み出すことができた実例を紹介してきました。いずれも、DXのフェーズとしては「自動化分野」ではあるものの、組織やアプリケーション、システムの制約に縛られることなく、「価値統合」の観点から業務革新に取り組んでいます。注目すべきは、クラウド化や連携性、内部統制対応に配慮したことで、「価値統合」が一過性のものではなく、継続性をもっていることです。これにより、人事DXの次フェーズである「意思決定分野」のための備えになっていることが、各社共通の成功ポイントなのです。

つまり、これまでのデジタライゼーションとの大きな違いは更に進化していくテクノロジーに「備え」ることで、これからも常に変化し続けるビジネスシーンを見据えた業務改革を施しているという点です。

7つの事例をもとにご紹介してきましたが、最も重要だと思われるポイントを以下に整理します。

クラウドシフト

給与計算システムをクラウド環境に移行することが、人事部門のDXを本格化する上で重要なファクターになっています。

人事部門のためのRPA

人事部門が現場レベルで使えるロボットテンプレートや、不用意に野良ロボを増やさず、内部統制に配慮した環境をもつことで、人事部門が主体的にRPAを利用できるようにしています。

BPM

今後、ITがヒトに代わって業務を行う領域が広がることを見据えて、ヒトとITが混乱なく共存し続けるために、BPMツールを活用した人事業務のフレームワークを構築しています。

価値統合を実現するための多用な連携手段

どのケースも「価値統合」に留意し、多岐にわたる人事・労務管理業務に対し、個々の業務特性と多様な改善手段を自由に組み合わせています。例えば、給与計算システムとHR-Tech連携に人事BPOサービスも併せて自動化を図ったり、異なる環境にあるシステム間のRPA連携にヒトとITの共存を目的としたBPMを取り込むなど。つまり、各改善手段を自由に組み合わせるだけでなく、同時に今後の更なるDX推進力のポテンシャルも確保しているのです。

尚、先陣企業の取り組みから、人事DXの次フェーズは「意思決定分野」であり、それがDXのゴールであると紹介してきましたが、どの企業でも、そのゴールの先にある最終的な狙いはCHRO(Chief Human Resource Officer)が経営戦略に参画することだということを付け加えておきます。CHROとは、「最高人事責任者」を意味し、経営幹部の一人として人事関連の業務を統括します。しかしながら、海外に比べ日本企業のCHROの実態は、CEO(最高経営責任者)やCFO(最高財務責任者)と違い、決定済みの戦略に沿った人事管理業務の総責任者の立場に留まっています。本来であれば、CHROは経営陣の一員として、経営戦略立案に初めから関わり、経営資源であるヒトを企業成長と変革の起動力とすべく指揮をしていかなくてはなりません。そのために人事部門はDXに取り組むことが本質であり、そこに不可避性があるということも認識するべきです。

人事DXのゴール

最近では「間違ったDX」の取り組みも話題に上がるようなりました。ここまでで、DXとはなにか?人事にとってのDXとは?何から始めるのか?なにをすべきか?留意点含め、実態のある人事DXの今のアクティビティをご紹介してきました。

それでは最後に、「人事DXのゴール」にも触れておきたいと思います。

当然のことながら、DXの目的はデジタル化ではなく、各社各様のトランスフォーメーションをすることですから、ゴールと言っても、共通の「正解」も「手段やルール」は有りません。ただし、自社の人事DXプロジェクトに対して、「一定の評価ができている企業」と「できていない企業」との間には、明らかに明暗を分けている「共通の傾向」があります。

それは、DXプロジェクトの最終目標が「人事DXのゴールとして定義された、目指すべく部門価値」となっていること、その価値を発揮するための条件として、プロジェクトの主要な成果を、主に「業務システムの在り方」「人事組織の働き方」「会社にとっての人事部門の在り方」「CHROのミッション」としていることです。

更には、各社ともDXが「組織で取り組む」「組織で成果をあげる」ことだと理解しているため、「組織と個人の方向性統一」を重視したマネジメントを実施していることです。

これらの傾向はOKR(Objectives and Key Results:目標とその取り組みの評価基準)でまとめることができますので、参考までにご紹介します。

部門価値

見てのとおり、ここには、業務処理時間の削減率や人員を何人削減するか、年間の残業時間をどれだけ削減するかいった、従来のデジタル化の取り組みで設定される目標は盛り込まれていません。ましてや、なにか特定の「モノ」を導入することをゴールにもしていません。なぜならば、先の項「DXの成功要因・失敗要因」でも触れたとおり、DXを推進することが「新たな価値を創造し続けること(そのために変革し続けること)」だと、DXの本質を正しく理解できているからです。勿論、時間短縮や人員のスリム化も成果として必要なことはあると思いますが、それらはゴールでも目標でもなく、KPIとして捉えているのです(つまり、従来のデジタル化で掲げていた目標は、DXにおいてはKPIとなっている)。

人事部門に限らず、企業がDXを推進するということは「常にITの恩恵を受けながら、新たな価値を創造し続けることであることを考えると、DX推進の原動力に必要なのは、今ある仕組みに縛られず、これまでの常識にも捕らわれない「柔軟性、組織体制、調達力、判断力、イノベーティブな取り組みを後押しする風土」と言えるかも知れません。そして、それらの力を醸成するためにも、またDXは推進されるべきものでもあるのです。